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和泉三月という、最高なアイドルに向けて

こんばんば、あやぴです。
ついに今日、三月三日がやってきました…!ひな祭りじゃないです。
私の大好きなアイドル、“和泉三月くん”の誕生日です!!

まずは、和泉三月くん、お誕生日おめでとう!!
ほんとうに君がいなかったら、私は今ここで君のお誕生日をお祝いすることもできませんでした。ほんとうにほんっとうにありがとう!そしておめでとう!!

今日は、この「ありがとう」や「おめでとう」の気持ちを私だけにとどめず、色んな人に共有してもらいたくて、このブログを書きました。
ぜひ、彼の生き様を知って、自分の生き方の支えに、とまではいかなくても、そういう生き方もあるということを心にとめてほしいな、と思います。

努力したいけど何か引っかかりがあってできないあなたへ、そもそも努力自体が面倒だなと思ってるあなたへ、頑張ることの意味が分からないあなたへ!!
全ての「頑張りたい人」に、三月くんの生き方を知ってもらいたいです。

※事実と、私見を混ぜて紹介します。また、本編を引用して紹介するため、多少のネタバレが含まれます。極力無いよう努めますがごめんなさい!

まずは三月くんの紹介から!
和泉三月(いずみみつき)くん、可愛い外見ですが21歳です。身長は165㎝、誕生日は今日、三月三日です。三月生まれだから三月。伝説のアイドル『ゼロ』に憧れてアイドルを目指した彼ですが、ずっと機会に恵まれずにいました。今は、『アイドリッシュセブン』というアイドルグループで、一生懸命に励んでいます。

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(平凡な日常2 カード絵より)
本当に彼、可愛いんですよね、外見は…。去年のバレンタインとか、少女に間違われる姿で、本当に語彙力を無くしました。やばい。全国の多くのファンがりんごのカードを捧げたでしょう。ちなみに私は捧げられなかったので持ってません。代わりにかわいいうさみみパーカーを着ている三月くんを載せます。
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(うさ耳パーカー2 カード絵より)
こんなにかわいい容姿の三月くんですが、彼の内面は外見とは正反対で、すごくかっこいいんです。
ではどういうところがかっこいいのか、本編のエピソードを交えてお話しします。

彼はすごくアイドルが好きです。そして、アイドルになりたいという情熱も人一倍です。
だから、アイドルになるために必死に努力しています。
みんなとダンスが合わなくなる時があるからと言って、一人で練習に励む三月くん。
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(本編 第一部 第十章 第三話より)
彼は本当にアイドルになろうと、みんなを喜ばせようと必死になっています。

でも、彼には「アイドルの才能がない」んです。


公式でも言われていますが、彼は身長が低く、165㎝です。アイドルではない男性と比べても、小さい方です。そうすると、アイドルという「かっこよくて憧れられるもの」とは少し遠ざかってしまいます。そういう意味でまず、予選の時点で落ちてしまう。アイドリッシュセブンに入ってからも、他のメンバーに比べで体格が小さいせいで、ダンスのステップがみんなよりずれたりします。


また、彼の可愛らしい顔も、アイドルという職業の前では力を持ちません。目がくりっと大きくて、女の子のように愛らしい三月くんは、やはり「かっこいい」というアイドルの代名詞からは遠ざかってしまいます。


極めつけに、ダンスや歌も、特別上手というわけではありません。同じメンバーで、ダンスに関して天才と言われる環、アイドリッシュセブンの要となるボーカル、陸のように、天性の才能があるわけではない。それに関しても、自分で認めています。


こんなに意地悪な神様がいるだろうかと、悲しくなるくらい、三月くんにはアイドルの才能がないんです。

容姿もアイドル向きではない。歌もダンスも、とりわけ上手というわけではない。
こんな人がオーディションに来たら、採用するでしょうか。

彼は、持ち前の熱意で、いくつもいくつもオーディションを受けました。オーディションを受けることに慣れてしまうくらい。しかし突き返されるのは「不合格」の三文字ばかり。
彼はいつも、全力で努力してきました。それは、アイドリッシュセブンの最初の選考を受けるときの心の声にも表れています。
「落ちてもいいと思って、オーディション受けたことなんかない。」
彼はそのように必死で努力し、祈りながら結果を待ちます。
「心臓が破れそうなくらいどきどきして、願って、夢見て、拳を握りしめてる。」
「神様。神様どうか。」
毎回、必死で努力して、必死で結果を待つ。家に届いた封筒を開いて結果を見て、何度絶望したことでしょう。情けなくなって、一人、誰にも気づかれないように声を押し殺して涙を流し、ああ、自分はアイドルには向いていないんだな、と思う日も絶対にあったに違いありません。

それでも、三月くんは絶対にアイドルになることを諦めませんでした。

自分がなりたいものに一生懸命で、自分がやりたい気持ちに一番真摯に向き合って、努力することをやめませんでした。

私は、そのような三月くんの一生懸命な姿に心の底から惚れたし、沢山の元気をもらいました。
オーディションの時点で、彼にそんな才能があるとは気付けません。しかし、見出されにくいだけで確かにそれは「アイドルとしての才能」であり、その才能があったからこそ、アイドリッシュセブンのメンバーとして、彼は花を咲かせることができたのではないか、と私は考えています。

三月くんが、背が高く、目鼻立ちがすっとしていて、天性のボーカル、ダンスの才能の持ち主と言われながら、同じ努力をしていても、私はここまで好きにならなかったと思います。
ここまでアイドルの神様に見放されながら努力しているからこそ、三月くんは凄いんです。並大抵の人間にできることではありません。彼は真の努力家なんです。
自分がその仕事に向いているからじゃなく、好きだから目指したい。
そんな気持ちで努力を続ける三月くんは本当にまぶしくて、素敵だと思います。

でもなぜ、彼はそこまで頑張ることができるのか?
普通、そんなに沢山オーディションを受けたらくじけるし、もうやめようと思わないだろうか?

その答えは、彼の短い一言に凝縮されていました。

「一生懸命じゃなきゃ、つまんねえじゃん!」

初めて聞いたときは、意味が分かりませんでした。でも、彼が続けた言葉でやっと実感が持てました。

「それなりにやって、それなりに成功しても、それなりしか、嬉しくねえだろうし。」
「だったら、全力でやって、全力で成功して、全力で喜んだほうが気持ちいいじゃんか。」

はっとさせられました。テスト、競争、コンクール……何においても「ほどほどでいいや」がモットーで、喜んで泣いている人のように、全力で喜ぶことができない私にとっては目からうろこでした。

確かに、ほどほどの練習で満足のいかないパフォーマンスをして、結果評価されなければ、まぁほどほどにしか練習してないし仕方ないか、で終わりますけど、

自分の趣味の時間も全部削って必死に頑張って、評価されれば涙が出るほど嬉しいし、逆に自分の努力が認められたら死ぬほど苦しいですよね。

 

でも、全力でやるって怖くないですか?例えばコンクールで自分の時間全てを費やして作品を作ったとしても、受賞できなければ全て無駄になってしまう。そう思うと、「全力」が怖くなってしまうんです。剣だけ持って、一人で敵に向かっていくような気持ちになるんです。だから思わず、たじろいでしまう。


でも、そのあと三月くんは続けました。

「全力で失敗することもあるけど……。そんときゃ、全力で悔しがればいい。」

これほど力強い言葉があるでしょうか。
なりたいアイドルのオーディションを数えきれないくらい受けて、落ちてを繰り返し続けてきた彼。
でも、それでも大丈夫だよ、と言ってくれるんです。

どうしようもない時は泣いてしまえばいい。気の済むまでずっと。
きっと彼は、オーディションに落ちるたびに全力で悔し涙を流してきたんだと思います。そしてまた、新しいオーディションを受けるために努力を再開した。
その彼だからこそ、こんなに言葉に重みが出てくるんですよね。

全力で挑戦すれば、それだけ大きな成果が自分に返ってくる。
その分、失敗したときのショックも一段と大きいけど、そんな時は泣けばいい。
それなりにやって、それなりの成果しか得られない人生より、波は大きくても、涙が出るほどうれしい人生の方が絶対いい!
死ぬとき、なんにもない人生だったな、って後悔したくない。
自分の人生を楽しくできるのは、自分しかいない、だったら自分から面白くしにいくしかないじゃん!
三月の言葉が、私にはこう聞こえました。

私は三月くんに出会った時から、生き方が変わりました。
オタクの友達は欲しいけど、無理して作るほどじゃないし、別にいいやと思っていたんですが、一年前の三月の誕生日をきっかけにTwitterで三月好きさんと繋がって、そのおかげで今も仲良くしている友達がいます。オタク友達0人から始まり、今やTwitter外でも仲良くしてる子が七人も!学内友達0人の私には多すぎる仲間です…
小学校の時からずっと趣味のことを隠してきた私だから、趣味のことも遠慮なく話せる友達が本当にいなかったから嬉しくて、頑張って良かった、三月ありがとうって思いました。

 

それなりの人生から、失敗や叱咤されることもあるけど一生懸命な人生に少しずつ向かえるようになって、辛さもあるけどすごく楽しいこともあるから、私は生まれてきてよかったなって思うし、三月くんにも生まれてきてよかったと思えます。

だからぜひ、これを読んでくれている人がいて、同じ気持ちになってくれたらわたしはとっても嬉しいです!

 

三月のありがたいお言葉の数々は、代永翼さんの名演技によって重みを増しています。ぜひ、アプリをダウンロードして、ボイス付きで聞いてください!!
そしてぜひぜひ、一緒に三月くんのことを応援しましょう!!ダウンロードして遊んでみてね!!!

最後にもう一回!三月、お誕生日おめでとう!大好きだよ!

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(誕生日日和2 カード絵より)

豪華なパルムと普通のパルム比較

こんばんは。

このくだらない企画も、始めたからには三日坊主は防ごうと思って、とりあえず三回目まで続けるつもりです。

 

二回目は大好きなパルムの比較検証です。

 

市販の、チョココーティングやストロベリー味のパルムと

セブンイレブンで売っていた「パルム ザ・ストロベリー」っていういかにも豪華ですって感じのパルム

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実際のところどこまで違うのか、一つずつ検証していきます。

 

まず、値段。

普通のパルムは6本入りで375円=1本約62円

豪華なパルムは1本194円です。

圧倒的に値段は豪華なパルムの方が上です。

 

次に大きさ。

撮った角度のせいでわかりにくいですが、一回りくらい大きいです。

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 最後に味。

これはそこまで顕著な違いはありません。どちらも種類はアイスクリームですし、基本は同じです。

ただ、豪華な方のチョココーティングの中に乾燥イチゴの粉末が入ってて、噛むたびに感じるザクザクが「特別感」ありました。あと、果汁34パーセントなので、自然なイチゴ味に近いのかもしれません。でも果汁が多い分、濃厚度は下がっている感じがしました。

 

総合的に見ると、当然ですが値段の高い「ザ・ストロベリー」の方が美味しかったし、満足感も上でした。

ただ、いざ買うとなると、わたしは普通のパルムを選ぶと思います。同じパルムなら普通のストロベリー味ので我慢するかな…と思いました。一本のパルムと比べたらそれは勿論豪華なパルムの方が味と大きさは上だけど、やはり一本62円には勝てない。学生にとって、安さは商品としての最大な価値、な気がします。

買われないと商品として意味をなさないのだから、そういう意味での今回の勝者は普通のパルムですかね。圧倒的存在感…

 

※補足:値段ですが、私が買うスーパーでの値段であって、場所によって違う可能性があります。

 

私得・コスパナンバーワンアイス選手権

アイスクリームが大好きすぎて、毎食後にアイスを食べたいくらいの、あやぴです。

 

よく、ゼミの発表の後とかテストの後とか、何かしら理由をつけてアイスクリームを食べる習慣がついてます。

これ、美味しくってストレス発散にはなるんだけど…

一本だけだと大した値段じゃないのに、なんども買ううちに結構な値段に積み上がってくるんだよね。だから、アイスクリームは好きなんだけど、よっぽど何かないと食べないようにしてる。平均200円としたら5本で1000円。10本で2000円。馬鹿にならない値段です。

 

でも!それじゃストレスたまる!アイスクリーム食べたい!

 

てことで、「安く・美味しく・お腹いっぱい」アイスクリームを食べられないか検証することにしました👏 わ〜い!

 

どうせならコスパよく食べたいよね〜ってことで、市販のアイスクリームをコスパ面でランキング付けしたいと思います。

私による、私のための、アイスクリームランキングです🍨 不定期更新、飽きたらやめます😉

 

まず記念すべき一本目はこちら〜!

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赤城乳業さんの、フロマージュチーズバー☺️

税込138円。アイスバーとしては安めかな?

種類は「アイスクリーム」、乳固形分が15%以上で濃厚です。チーズが入ってることもあってまろやか&コクがある!

大きさは小さめ。同じくらいの値段のスーパーカップ200mlに比べると、70mlと半分以下。

でも、乳固形分が多いので、総合的な満足度としてはスーパーカップより上!濃厚な方がお腹にも溜まるしね。

 

というわけで第1本目のフロマージュチーズバーはそこそこの満足感でした🌸

うーん、やっぱり6本入り300何円で濃厚感もあり大きさもそこそこのパルムには負けるかな。ちなみに今のところコスパナンバーワンはパルムです。(出来レース

 

いや、出来レースにならないように、私的コスパ王のパルムに勝てる市販のアイスクリームが存在することを祈って、これからも検証続けます☺️ 記念すべき最初の一本が最後の一本になることは避けつつ、気ままに更新していきま〜す٩( 'ω' )و

大学生のうちの目標

先日ESSを辞めてしまってから、ずっと悩んでいたことがあります。

私は一回生の時からESSでの活動を主軸にして生活していたため、その目標がなくなった途端「何を目標にして生きていけばいいのか」わからなくなりました。

思えば、第一志望に落ちて入った同志社の、本当に行きたかった教育学部でなく適当に選んだ法学部で勉強すること自体にそれほどモチベーションがなく、元々、大学生活に大した目標など持っていなかったんです。

 

でも、最近就活について調べていると、面接で「大学生活で一番頑張ったことは何ですか」と聞かれるそうじゃないですか…

一番頑張っていること、自分が一番力を注いでいることってなんだろう、と考えるとすぐに出てこないのはまずい、と焦りました。

という訳で、何か人生の目標を決めて、それに向かって頑張ろう!と決めました。

 

ところが、決めたはいいものの、大した趣味も特技もない私には熱中できることがなく…

とりあえず、これ以上単位を落とすのもまずいし、頑張って勉強すると色んな方に約束していたので、勉強は以前より熱心に取り組みました。

 

ただ、起きて、家事して、授業行って、帰って、家事して、たまに遊びに行って…と、漠然と日々を過ごしている中で

他の人が色んなことに精力的に取り組んでいるのを見ると、

「自分はこれでいいのか。」

「こんな漠然と毎日を過ごしていていいのか。」

という疑問が常に湧いてきて、何もしていない自分に焦りを覚えていました。

バイトもせず、(遊びもあまりしませんけど)普通に授業に出て、家では家事をして少しゲームしたら寝る。

そういう生活で、幸せではあるんですが、社会に対して何もできていない自分は、なんの役にも立たない、社会人のすねかじりのように思えてなりませんでした。そんな自分がすごく恥ずかしかったです。

 

でも、なんとかしなきゃ、せめてバイトでも、と思うたびに、「勉強がおろそかになるかもしれない」「また忙しさが原因で精神が不安定になるかもしれない」と心配になってやめる、というのを繰り返して、結局何もできませんでした。

 

正直、「バイトとかしてますか?」と聞かれて「いいえ」と答えるの、すごく嫌でした。恥ずかしいし、そう言って「ありえない」みたいに言われるのも思われるのもすごくすごく嫌でした。

 

でもそういう中で、ある人の言葉を思い出したんです。

「すごく苦しいなら逃げ出してもいい、逃げてきちんと回復してから社会に出なさい。そして、社会に出て同じように苦しんでいる人がいたら、今度はあなたがその人を助けてあげなさい」

っていう…

その言葉から、なんだか生き方の指標が見つかったような気がしました。

 

私たちのような、まだ社会人になるには未熟な学生は、社会に出るまでにきちんと成熟しなければならないんです。

社会の一構成員として社会に貢献できるまでに成熟しなければならない。誰かを助けて生きるために、自分自身にまず余裕を持たなければならない。

そのために、大学生の間は、「社会人になる準備をする」ことが必要だと思うんです。

つまり、「社会人」と「学生」の間である「大学生」の間は、社会に出るための準備をする期間だと、私は思います。

大学の一般教養の授業で広く教養を身につけつつ、専門科目で実践的な知識を学ぶ。空きコマに神社や美術館など色んなところへ赴いたり、或いは家で本を読んだり、友達と話したりして経験を積む。そういうことを積み重ねるのが、大学生である私たちに求められているのではないでしょうか…

遊びにしても、勉強にしても、漠然とするのではなく、「社会に出られるまでに自分を成長させるため」ということを念頭に置いてしなければならないと思います。つまり、大人になれってことです。

 

大人の主な例はもちろん、親です。子供の主な例はもちろん学生ですが、たまに、社会人でも子供な人いますよね、年関係なく。余裕がないせいで人に迷惑をかけて、苦しめる人。

そういう人になっちゃいけないし、ならないために今、教養をつけて、成長しなきゃいけないと思うんです。

 

お小遣いが欲しいのでバイトは始めようかと思うんですが、バイトは必須ではないと思います。大学ですでに教養を身につけるための授業が用意されていますし、専門知識も学ばなければならないので、その時間が削られるくらいならやらなくてもいいかなと。それに、大学できちんと学んで立派な社会人になれたら、高い学費を払ってもらってる親、という社会人への何よりの恩返しになるかなと…

でも、作業ゲーやるよりは有意義だと思うんで、多分始めます。買いたいグッズも多いし(白目)

 

ものすごく漠然とした目標になるけど、「立派な社会人になるための準備をする」ということが、社会人になるまでの目標になりました。(社会人になってからの目標は、「社会に貢献する」です)

特にまだ将来の夢とかがないんで、そういう漠然とした目標になっちゃうんだけど、それでもいいやって思いました。

この目標を掲げつつ、これからも勉強や料理教室、趣味など、色んなことにチャレンジして、成長していきたいと思います!

 

とりあえず明日提出のレポート書きます。

末川杯の感想

末川杯、お疲れ様でした。

私の末川杯についての感想を、長々と書いていこうと思います。

まず、応募の時点から。
退部が決まっていたので、これが最後のスピーチ大会の出場チャンスになる、ということはわかっていました。
なので、有名な、競争率の高い大会に、一度でいいから出てみたいと思い、ダメ元で応募しました。
本当にダメ元だったので、受かるとは全く思っていませんでした。
紅葉杯も落ちて、みんなの合格発表をTwitterで見るのに慣れ切ったころ、末川の合格発表を受けて、喜びのツイートをしている方たちを見かけました。
あ、この人また受かってる、すごいな~末川も出るんか、さすがやな~と完全に他人事のようにお祝いしていました。
そのころ、私のスマホには二回ぐらい知らない番号から電話がかかってきていたのですが、セールスマンとかからのめんどくさい電話だと思い、無視していました。
次の日の朝、疲れて爆睡していた私を、着信音が起こしました。
せっかくの休みやのに、なんやねん…と思いながら見たら、また同じ番号で。間違い電話でもなさそうだし、セールスにしてもこの回数は多い。しかも、かけてくる時間が常識的な時間帯。
これは出ても変な人じゃないかな?と思って恐る恐る出たら、めっちゃ声の低い人が出て。なんやろうと思ったら、末川杯の合格通知でした。
ひょ~~~~~~~~~~~~と思いました。やばい、めっちゃ失礼を働いてしまった、と思い、めっちゃ冷汗が出ました。本当に何度も謝りましたが、申し訳ないです…
一応そのとき、とっさに「出ます」と言ってしまったのですが、後から考えたら、私、大会なんて出られるのかな…って思いました。キャパも少ないし、ゼミも忙しくなるのに、両立できるかな?と。
でも、最後の大会だし、あんなに大々的に告知されてた大会に出たいと思って応募して、運よく受かったのだから、何かの縁だ、出てみたい。最後、頑張ってみたい。と思って、正式に本選出場を決めました。

そのあとが大変でした…出られると思ってなかったので、完全にそのことを抜きにしたスケジュール計画だったので、約束をこなしつつ、ゼミの発表準備を頑張って、授業もさぼらず(これは当たり前ですね)、家事も順調にこなし、いろんなことをやりつつ、スピーチのリライトもちょいちょい考えて…って感じでした。あっという間にリライト期限が来て、急いで出しました。
それからは新しい原稿を覚えるのに集中しました。それでも、毎日の授業や、生活を病まずに送っていくので精いっぱいで、なかなか思い通りにはいかなかったんですが。
最後の大会だったので、お母さんとおばあちゃんが見に来てくれる、あと大好きな先輩方、後輩たちも来てくれる、ということだったので、いつもより、頑張って練習しました。

本番の日、約束された集合場所に向かうと、マネージ者さんっぽい方たちが何人もいて、???多くね???ってなったんですが、案の定一人のスピーカーに一人のPCがつくみたいで。え、うそやん、そんな豪華なん…?と思い、ちょっとやばいとこ来ちゃったかな?と思い始めました。
スピーカールームに入ると、机には辻利のお菓子!カラーのパンフレット!メッセージカードがかわいい冊子になっておいてある!胸飾りが本物の花!
え、やばい…これは豪華すぎる、思ってたんと違う…って感じで、まだスピーチも始まってないのに緊張が加速していきました。
しかも本当にそうそうたるスピーカーさんばかりで、あ、この人新島で見たことある。あ、この人Twitterでよく見る。めっちゃプライズ取ってる人やん。え、やばい、本物や!!って感じでした。
新島を彷彿とさせる要素ばかりで…後から聞いたんですが、春の新島、秋の末川と言われているそうですね。そりゃそうだわ…
自分の場違い感がやばい、こんなに豪華にもてなされて、さらに素晴らしいスピーカーさんの中で、一人だけつまりまくり、イントネも下手、QAもぼっろぼろ、なんてことになったら死ぬ……と、かなりしんどい状況に追い込まれていました。
そんな中、てみーからラインが来て。反射的に開いちゃって、見てみたら、本当に私の気持ちを理解して打ってくれた、優しい励ましの言葉が書いてあって。すっごく落ち着いた気持ちになりました。ありがとう!
実は、てみーのメッセージを見るまで、メッセージ冊子は読んでいなかったんです。
みんなに迷惑を沢山かけて、退部して。退部したのに、大会には出る、ということに、少なからず引け目を感じていました。
私が出たことで、出られなくなった子もいるかもしれない。そう思うと、みんながとても優しい人たちばかりだとわかってはいても、開く勇気が出ませんでした。ごめんなさい><
でも、どうしてもその時辛くて。大会直前に心が揺れることのないように、って我慢してたんですが、心細くて、みんなの言葉が聞きたくなって、誘惑に負けて見てしまいました。
そしたら、本当に優しくて暖かい、皆さんの応援の言葉が書いてあって。あなたの考えが好きですとか、スピーチのイントネの仕方が好きですとか、ベストを尽くしてね、とか。
応援しています、という言葉を見て、涙ぐんでしまいました。
本当に応援してくれている気持ちが伝わってきて、不思議と勇気が湧いてきました。そのお陰で、緊張が解け、リラックスすることができました。本当に、ありがとうございます。事前に応援をくださった方も、本当にありがとう。

一回生の時と違って、最近は、なんのために頑張るのか、段々わからなくなってきて、自信もなくなってきていました。練習も全然足りないし、本当に本当にひどかったですよね…。覚え始めるのが、前々日の夜だったり…恐ろしい…
今回の、最後の大会における私の目標は、「昔の私より、上手いスピーチをしよう」というものでした。
誰かよりうまい、ではなく、昔の自分を越えられるように。昔の自分ではできなかったことが、今の私にできるようになった、ということを証明したくて、この目標を選びました。
結果、プライズは取れませんでしたが、今までの私を競わせた中では、ファーストプライズでした。
ちゃっちいファーストプライズだな、と思われるだろうなというのはわかっています。でも、亀のような進みでも、たまに止まってしまっても、或は後退することがあっても、長い目で見たとき、絶対に大きな進歩になっているように、私は少しずつ、着実に、努力を重ねていきたいと思います。
だから、コメントシートを読んでいた時、今までで一番上手かったとのお褒めの言葉を見たとき、本当にほんっと~~うに、嬉しかったです。私、他の人から見ても、成長しているんだなって、わかってくれている人がいるんだなと思うと、すごく自信がつきました。
発音がだめだったり、読むのが速かったり、分析が足りなかったり、QA上手くできなかったり、色々反省点はあるんですが!とても楽しかったです。
一人で頑張ろうとしないで、助けてくれる有力な機関はちゃんとあるんですよ、って自信を持って伝えることができてよかったです。
自分が苦しいときに、お母さんや友達が、助けてくれる人を紹介してくれて救われたから、そういう風に頑張ることができたのかな、と思います。

終わった後、ジャッジさんからもコメントを頂きました。これから大会に出ることはないと思いますが、こうして文章を書くことが好きなのと、英語でプレゼンする機会が出てくるかもしれないということもあるので、努力は続けていきたいと思います。社会問題についても、同様に考えていくつもりです。

コメントシートにも貴重な意見を頂いてて、あ、それはスピーチに盛り込んでなかったな~。というように、気付かされることがたくさんあってとても良かったです!
また、大好きな方たちや、尊敬する方たちからたくさんのコメントを頂けて、本当に嬉しかったです。コメント、全て大切にします!

いろいろ、いろいろ嬉しいことがあったのですが、それもこれも全部、みなさんが助けてくれていたおかげだと思います。私が退部してからも、生活の頑張りを見守っていてくれた人や、一緒に遊んでくれた人、家族から親戚、友達に至るまで、本当にいろんな人に助けられて、私は大会の日を迎え、そして無事に終わることができたんだと思います。
みなさんのことが大好きです。これから、機会があれば、今度は私が応援に行きます。

色んな人に出会えて、色んな価値観を知ることができて、そして周りの人が助けてくれることのありがたみを知ることができるのが、スピーチ大会の良いところだなと、最後の最後にわかることができて幸せでした。最後に、いい思い出ができて良かったです。

長くなりましたが、これで感想を終わります。
ここまで読んで下さって、ありがとうございました~!

弱者は救うべきなのか

弱者を救うべきか、ということについて
タイムラインで少し見かけたのと、昨日そういうQAがあったので、少し考えてみました。
というわけで、私の意見を述べたいと思います。

そもそも、何を以て「弱者」というのでしょうか?
弱者ってなんですか、そんなもの決まってしまったら、個々の命に優劣がついてしまいます。
誰しもいいところ、悪いところ、面白いところ、かわいいところ、元気なところ、優しいところ、暗いところ、意地悪なところ、いろんな特徴を持っています。
持つ特徴もばらばらで、そしてその程度もばらばらで。抽象的なものから、具体的なものまで、さまざまですし。
だから、人間の優劣なんてつけられないものだと思います。

じゃあ、生まれたての赤ちゃんとか、寝たきりのご老人も、弱者ではないのか?と聞かれると、う~ん…ってなります。それはちょっと違うような…

でも、同時に、大量に人を殺してきた殺人鬼のことも、私は弱者だと思うんです。
いじめをする中学生も、子供を衝動的にたたいてしまうお母さんも。

そんな大層な特徴ではなくても、例えば、英語が苦手~とか。一限出られない~とか。(私)

つまり、みんな弱いところを持っている。それなら、みんな弱者でいいと思います。
みんな、「絶対的」弱者です。

健康な人Aさんと病人Bさんを比べたら、そりゃAさんの方が強いです。
でも、他の視点から見た場合、Aさんが音痴で、Bさんが超絶歌が上手ければ、その面ではBさんが強いです。

自分が優れている、と思う点において、自分より劣っている人を救う。そして、自分も劣っている点においては、誰かに救ってもらう。
そういう助け合いをしていくべきだと思います。
その助け合いのバランスが崩れたとき、社会は途端にひどく冷たく、孤独なものになってしまうと思います。いまがその時なような気がします…

私はめっちゃメンタル弱いので、本当にたくさんの方に迷惑をかけました。今もかけてます。すみません…
でも、自分の真面目さ、お人よしなところ(?)で、その人たちに直接でなくても、誰かを救い、そして巡り巡ってその人たちを救えたらいいなと思います。暖かい社会の源流を作れたら、とてもうれしいです。情けは人のためならずです。

みんなが弱者な社会においては、一方的に「救う」という言い方はおかしいと思います。
それよりは、「助け合う」ほうがいいかもしれません。
私はこう思います。色んな意見があると思いますが、とりあえず私はこれで落ち着きました。

わたしの好きの基準

こんばんは。

 

友達と恋バナすることが多くなって、自分にとって好きとはなんだろうと考える機会が多くなりました。

なので今日はわたしの好きの基準について話します。とっても自己満足です(^-^)笑

 

昔から、熱烈に誰かを、何かを好きになることはありましたが

いわゆる熱しやすく冷めやすい性格で、すぐに別れたり、飽きたりすることが多かったです…(申し訳ないです)

 

今は、そういう気持ちはあまり無く、

人を傷つけてしまうことを恐れて、かなり慎重に人を好きになるようになりました。

熱烈に、衝動的に好きになって愛することがあまりなくなり、静かで落ち着いた愛情に変わりました。

 

そのような淡く弱い気持ちしか持てない中で、人を傷つけることは減りましたが、同時に「好きとは何か」がわからなくなってきました。

 

いろんな悩みに埋もれる中で、どんどん好きという気持ちが薄れていき、

自分にはもう好きという気持ちがなくなってしまったんだろうか、みんなのように誰かを好きになってはしゃいだり、泣いたり出来ないのか

と思うと、無性に寂しくなりました。

 

でも、色んな人の言葉を聞き、心を落ち着けていく中で、Twitterでとても素敵なことを呟いている方に出会いました。

 

いつも丁寧な口調で、内容がとても穏やか。誰かが傷つくようなツイートは決してせず、とても素晴らしい方なのに自惚れることは決してない。

その方は「せっかくフォローしていただいているんだから、私のツイートを見て楽しんでもらいたい」と述べていました。

また、「とにかくフォローフォロー外構わず暴言と言う名の包丁を振り回している時期が私にもあった、でもそれは生きる疫病神のようなものだ」とも仰っていました。

 

本当に今までの自分が恥ずかしくなりました。

暴言を吐いたり嫌味なツイートをしたりして、色んな人に嫌な気持ちにさせていたんだな、と思い反省しました。

と同時に、このことに気づかせてくれたその方に、大変感謝しました。

そして、「この人のことがとても好きだ」と思いました。

 

その人のツイートを見ると、いつも幸せな気持ちになれます。心が洗われるような気持ちになり、今日も笑顔で頑張ろう、と前向きな気持ちになります。

そのような気持ちにさせてくれるその方を、わたしは日に日に尊敬していきました。そして、その方が男だろうが、女だろうが関係なく、お会いしたい、お話ししたい、お友達になりたいと思いました。

その人についていきたいと思いました。

 

私にとっての「好き」はこのような気持ちだと思っています。

その相手が同性でも異性でも関係ありません。

好きなことには変わりないと思います。

 

もし、付き合う、結婚するとなれば、好きなだけでは足りませんが

「好き」な人を単純に選ぶのであれば、これが私の基準となります。

 

付き合うとなると、容姿や趣味など、内面以外の点も考慮しなければならないので、非常に厄介ですね。

 

私が誰かを好きになるのと同様に、私も誰かに好きになってもらえるために、自分をもっと良くしていきたいなと思います。

好きな誰かに合わせるのではなく、自分の中の最高の形を愛してくれる誰かに出会えることを祈って、日々過ごしていきたいです。

 

今年もクリスマスに彼氏できそうにないですが(別に焦ってはいません)、明るく、楽しく頑張ります\( ˆoˆ )/