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弱者は救うべきなのか

弱者を救うべきか、ということについて
タイムラインで少し見かけたのと、昨日そういうQAがあったので、少し考えてみました。
というわけで、私の意見を述べたいと思います。

そもそも、何を以て「弱者」というのでしょうか?
弱者ってなんですか、そんなもの決まってしまったら、個々の命に優劣がついてしまいます。
誰しもいいところ、悪いところ、面白いところ、かわいいところ、元気なところ、優しいところ、暗いところ、意地悪なところ、いろんな特徴を持っています。
持つ特徴もばらばらで、そしてその程度もばらばらで。抽象的なものから、具体的なものまで、さまざまですし。
だから、人間の優劣なんてつけられないものだと思います。

じゃあ、生まれたての赤ちゃんとか、寝たきりのご老人も、弱者ではないのか?と聞かれると、う~ん…ってなります。それはちょっと違うような…

でも、同時に、大量に人を殺してきた殺人鬼のことも、私は弱者だと思うんです。
いじめをする中学生も、子供を衝動的にたたいてしまうお母さんも。

そんな大層な特徴ではなくても、例えば、英語が苦手~とか。一限出られない~とか。(私)

つまり、みんな弱いところを持っている。それなら、みんな弱者でいいと思います。
みんな、「絶対的」弱者です。

健康な人Aさんと病人Bさんを比べたら、そりゃAさんの方が強いです。
でも、他の視点から見た場合、Aさんが音痴で、Bさんが超絶歌が上手ければ、その面ではBさんが強いです。

自分が優れている、と思う点において、自分より劣っている人を救う。そして、自分も劣っている点においては、誰かに救ってもらう。
そういう助け合いをしていくべきだと思います。
その助け合いのバランスが崩れたとき、社会は途端にひどく冷たく、孤独なものになってしまうと思います。いまがその時なような気がします…

私はめっちゃメンタル弱いので、本当にたくさんの方に迷惑をかけました。今もかけてます。すみません…
でも、自分の真面目さ、お人よしなところ(?)で、その人たちに直接でなくても、誰かを救い、そして巡り巡ってその人たちを救えたらいいなと思います。暖かい社会の源流を作れたら、とてもうれしいです。情けは人のためならずです。

みんなが弱者な社会においては、一方的に「救う」という言い方はおかしいと思います。
それよりは、「助け合う」ほうがいいかもしれません。
私はこう思います。色んな意見があると思いますが、とりあえず私はこれで落ち着きました。